ムキムキドッグ☆大作戦

今は亡き、最愛のお犬様はフルーツのほかにも大好きなものがあった。
散歩である。
仕事でくたくたで帰宅すると、お犬様は「散歩行くよねっ?散歩行くよねっ!?」と尻尾を振り振り、全身で悦びのダンスを始める。
散歩はお犬様の、ご不浄も兼ねているので行かざるをえない。

お犬様は歩道橋の自転車用階段がお気に入りであった。
自転車用の緩やかな階段は、お犬様の足の短さにフィットするようで、タンタンタターンとリズムよく昇降できるのが心地よいらしい。
「もういっっちょ!!」とリクエストするので、何往復もつきあった。

また、日々の散歩とは別に、わたくしと父上様は、お犬様を週一回、荒川の河川敷につれていった。
アスファルトではなく、その肉球に土と草の感触を目いっぱい感じてほしかったからだ。
お犬様は河川敷も大好きらしく、その日はスペシャルダンスを披露していた。

河川敷コースは4、5キロといったところ。
お犬様は体重6キロ。
成人男性の1/10くらいだから、4、5キロの散歩は結構な負荷である。
最後のほうは、ヘロヘロになって父上様に抱っこされることもしばしばあった。

肩くらいまで生い茂る草の道を、わたくし・父上様・お犬様のパーティが突き進んでいた時のことだった。
草ゾーンの出口で、他の散歩者(人間)と会った。
散歩者は驚きの表情で我々にいった。
「うちにも同じ犬種を飼っていますが、こんなところに連れてきていいんですか?」
日本語ネイティヴのわたくしであるが、言っている意味が分からなかった。
河川敷は犬の散歩禁止になったのか。

我が家のお犬様は小型犬。
どうやら、小型犬に道なき道を散歩させることは、メジャーなことではないらしいと知った。
しかし、わたくしと父上様は「四つ足の生き物は動いてなんぼ。」なる謎のスピリットを持っていたので、「こんなところに連れてきていいんですか?」なる言葉はどこかへ消えた。
ご存じだろうか。
人間の耳は、ノイズキャンセル機能がついているのだ。
その後も我々のパーティは、ドラクエよろしく、河川敷の大冒険を繰り広げた。

時がたつこと数か月、お犬様の定期検診の日がやってきた。
散歩同様、検診も大事なのである。
今回も健康であることを祈り、診察台にお犬様をあげた。
獣医さんが触診するや否や、声を上げた。
「わっ!!筋肉ムキムキじゃないですか!」

健康or病気を診断する場で、「筋肉ムキムキ」なる言葉を聞いて、わたくしの言語機能は再び理解不能に陥った。
獣医師が言うには、いままで診断した小型犬で、こんなに筋肉ムキムキボディは初めて、とのことだった。
ようやく、ここで、わたくしはお犬様をめちゃくちゃ運動させていたことに気が付いたのでった。

小型犬に、ハードな散歩は、是か非か。
家族としては考えねばならない。
しかし、仕事から帰宅すると、目下で、小型マッチョなお犬様が「散歩行くよねっ?散歩行くよねっ!?」と悦びのダンスを舞う。
尻尾を振り振り、全身で。


お犬様の散歩は、病で動けなくなる最期の1か月前まで続いた。

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在りし日のお犬様。荒川堤防をかけめぐるの図。