浅草『梅園』本店で豆かんをいただきました。

浅草に所要があったついでに「梅園」本店へ寄った。
小学生以来である。

梅園には思い出がある。
今は亡きお祖母様は、毎年十二月になると、浅草寺の羽子板市のため、長野県から上京するという恒例行事があった。
我ら孫たちはそれにお供して、帰りに梅園本店に寄るのが何よりも楽しみであったのだ。

スマホで地図を調べず、記憶を頼りに梅園を探した。
迷うことなく梅園に着いたが、記憶の中の入り口とは別の向きにあった。

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店内はもう少し広かった記憶があるが、これも思い出の中で、改ざんされたのだと思う。

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豆かん」を注文。
必ずアイスを追加してもらうのがワタクシのこだわり*1

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あんみつよりも、豆と寒天のみ味わえる「豆かん」のほうが好きなのだ。

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梅園はかつていろいろなところに甘味処(喫茶店)のテナントがあったが、現在は本店とほか2店のみである。※和菓子販売はいまもテナント多数あり。

 

豆かんの味とともに、羽子板市の記憶がリフレインしてきた。
極寒の師走の夜を彩る、鮮やかな羽子板。
大きな羽子板が売れた屋台からは三三七拍子が響く。
行きかう人、人、人。
りんご飴。七味売り。ガラス細工売り。
お祖母様は孫たちにそれぞれ気に入ったミニ羽子板を購入してくれた。

お祖母様は日本橋の生まれであった。
生家はもうなくなっていて、帰る実家がなかったお祖母様にとって、羽子板市という思い出をめぐることが「里帰り」だったのではないだろうか。

梅園を後にして、改めて浅草寺の雷門の前に立ったが、記憶の中では雷門はもっと大きかった。
自分が大きくなることで、世界がちょっとだけ狭く小さくなった。
大きくなっても、梅園の豆かんは変わらず美味しかったので、めでたしめでたし。

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*1:アイスは追加料金がかかります