本場宮崎にチキン南蛮を堪能し、心の中の山岡士郎が消え去った。
そもそも「おまえは誰と戦っているんだ?」って話である。
架空の敵を頭の中に作って(この場合は山岡士郎)、一人もやもやして。
まるで風車小屋に挑んだ、ドン・キホーテのように滑稽だ。
人の一番の強敵は、自身で作った架空の存在ではないだろうか。
架空の敵の正体は、コンプレックスやトラウマやらが擬人化(キャラ化)したものだ。
恐ろしいことに、人はこの敵と対決するなり折り合いをつけるなりしておかないと、知らず知らずに自身を乗っ取られ、同化し、自分が他者を攻撃するモンスターになるのだ。
「美味しんぼ」は、主人公・山岡士郎が、母にモラハラをした、父・海原雄山との「食」を通じた戦いであり、ヒューマンドラマである。
山岡士郎は海原雄山へ歯向かい、勘当され、家を出たその後も心の中で海原雄山を憎み続けた。
山岡士郎は劇中、いたるところで自身の食の知識を通じて、他者にあれこれ指摘(ケチ、マウンティングともいう)をする。
これは、山岡士郎が一番憎んでいた、実父・海原雄山そのものではないか。
彼は海原と決別後も新聞記者という形で食の世界に携わり、憎しみの象徴であった父を同化してしまったのである。*1
などと「美味しんぼにおけるオイディプスコンプレックス分析」などとレポートが書けてしまいそうだが、それよりも美味しいチキン南蛮とケーキにリソースを割きたい。
心の中の山岡士郎はどっかに行った。
さらば山岡。
君も過酷な家庭に育ったが、君は海原雄山の息子ではなく、ひとりの人間・山岡士郎だ。
幸せになってくれ。
わたくしは、さらなるチキン南蛮の旅に出る。
それと山岡。「美味しんぼ」をもう何年も読んでいないのに偉そうに語ってすまなんだ。